星空の図書館

ファンタジー短編図書館

ある夜、少女は星空の中にたたずむ不思議な図書館を発見した。そこには、まだ書かれていない物語が眠っていた。

 雨上がりの夜道を、アカリは一人で歩いていた。

 濡れたアスファルトに街灯が映り、足元に小さな星座が生まれては消えた。傘を閉じると、空気は澄んでいて、少しだけ土の匂いがした。

 「おかしいな」

 アカリは足を止めた。

 曲がり角のむこうに、見覚えのない建物が建っていた。古い石造りの建物で、蔦が壁を覆い、アーチ型の窓から温かな光が漏れている。看板には、金色の文字でこう書かれていた。

 星空の図書館 ――まだ見ぬ物語のために――

 昨日もこの道を通ったはずなのに。それどころか、毎日通っているのに。こんな建物があっただろうか。

 アカリは首を傾げながら、それでも扉に手をかけた。蝶番が小さく鳴り、扉は静かに内側へ開いた。


 中に入ると、図書館の匂いがした。古い紙と、かすかな埃と、それから何か甘いもの——蜂蜜か、あるいは古い木材か。

 天井は高く、棚がどこまでも続いていた。見上げれば、棚の上は暗闇に溶けて消えていた。しかし不思議なことに、暗さは少しも怖くなかった。棚の間には小さなランプが灯り、オレンジ色の光が揺れていた。

 「いらっしゃい」

 声のした方を振り向くと、老人が立っていた。白髪で、眼鏡をかけ、くたびれたベストを着ている。にこにこと笑っていたが、その目は若者のように輝いていた。

 「ここは……図書館ですか?」とアカリは聞いた。

 「そうとも」と老人は言った。「ただし、少し変わった図書館だ。ここにある本は、まだ誰にも書かれていない」

 「書かれていない?」

 「そう。いつか誰かが書くはずの物語が、ここに眠っている。君が手に取れば、それはようやく生まれることができる」


 アカリは棚に近づいた。

 本の背表紙には、タイトルが書かれていない。代わりに、ぼんやりとした光が宿っていた。一冊に触れると、指先から何かが流れ込んできた——イメージ、声、感触。雪の降る丘。誰かが遠ざかっていく後ろ姿。再会の約束。

 「これは……」

 「それは君のための物語だ」と老人は言った。「あるいは、君が誰かのために書く物語かもしれない」

 アカリはその本を胸に抱いた。

 不思議と、重さがなかった。でも確かに、そこにある感触があった。

 「持って帰っていいですか」

 「もちろん」老人はにっこりした。「ただし、読んだら返しにきてほしい。次の人のために」


 アカリが外に出ると、夜はいつの間にか深まっていた。

 空には星がたくさん出ていた。先ほどまで雲に隠れていたのに、今は澄み渡って、天の川まで見えた。

 腕の中の本は、まだほのかに温かかった。

 翌朝、アカリは早起きして机に向かった。白いノートを開いて、ペンを走らせた。最初の一文を書いたとき、何かがほどけるような感覚があった。

 ある夜、少女は星空の中にたたずむ不思議な図書館を発見した。

 物語は、こうして始まった。


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